ベドゥが受けてきた依頼の為、温室で作業をしていたとある日の事。

「ユルヨさんスミマセン…。こんなに沢山の種類の魔法草が必要だとは、僕思っても見なくて…。」
「気にしないで。使う為に育ててるんだから。えっと…苔入り水晶は…どこだったかな…。」
「苔入り水晶?何ですか?それ。」

聞きなれない植物の名前にきょとんとした顔をしているベドゥに、そう言えばまだ魔法植物の本を渡していなかったなと思いだした。
魔法文字が読めるようになってからにしようとおもって、すっかり忘れていた。

「そう言えば、まだ魔法植物の本を渡していなかったね。」
「そんな本が有るんですか!?」
「うん、あるよ。所々魔法文字で書かれているから、それが読めるようになってからにしようと思って…忘れてた。」
「えー…。もっと早くに渡してくれてたら、ここのお世話も少しは楽だったじゃないですか…もう…。」
「ごめん…。」

「もう、いいですよ。それより苔入り水晶ってどんな植物ですか?」

ベドゥの言い分はもっともだと苦笑しながら、苔入り水晶の説明をする。

「苔入り水晶は、地面にあって苔と共に共生してるんだ。」
「へぇ…。」
「…説明するより、見せた方のが早いね。ちょっと待って。」

じれったそにするベドゥを横目に、日蔭にある木がうっそうと茂る場所の根本を掻き分け探すと、その目的の物はあった。
普段に日に当たらないそれは急な光を浴びてキラキラと光を放つ。
それを一つ拾うと、ベドゥの手のひらに乗せてあげた。

「ほら、これが苔入り水晶だよ。」
「え、これ植物なんですか??」
「植物と生き物の間にあるものと言った方がいいかもしれないね。」
「植物でもないし生き物でもないっていうことですか?」

目を大きく見開いてあんぐりとベドゥは口を開ける。
僕はその様子が堪らなく可笑しくて笑った。

「ふふふ…魔法の世界は、人の理で納まらない事の方のが多いからね。これもその一つだよ。」
「でもまるでこれ露の様じゃないですか。」

手のひらでコロコロと転がすと、それはプルプルと震えまるでゼラチンの様な感触がする。

「中に苔が入っているだろう?苔はそのゼラチンの様な物から栄養を貰って育ち、ゼラチンの様なそれは苔から酸素を貰ってると言われてる。」
「え、呼吸してるんですか!?これ。」
「実はまだよく分かっていない事のが多いんだ。そのゼラチンの部分も実は水晶が溶解しているだけで、苔が作用してそうなっているのか、まだ研究の途中なんだって。」
「水晶!?と言う事は、割れるんですか?これ。」
「うーん…どう表現したらいいか、分らないけどそれの中から苔を取り出すと、途端に石化して透明な石になるよ。やってみると良い。」

そういって近くにあった草きり用の小さなハサミを手渡す。
ベドゥは其れを受け取って半信半疑な様子でそのゼラチン部分へと刃を入れた。
するとそれはまるで卵が割れる様にトロリと中が外へとけだし、と共にみるみる石化していく。

「わぁ!?何これ…面白い…。」
「…ね?不思議でしょう?」
「はい。あ、でもこれ…取り出すの難しいですね…。」

苔を取り出すのに手間取っているとその側から石化した水晶が苔を包み込んでしまう。

「うん。そうなんだ。だからこれから苔を取り出す時は、とても注意深く急いでやらないといけないんだよ。」
「石化したものから採りだしたらダメなんですか?」
「うん、ダメ。石化した者から取り出した物では魔法草としては役に立たない。もう死んでしまっているからね。」
「そっか…あ、じゃぁこれ…無駄にしてしまいましたね。スミマセン…。」
「いいよ。他にもまだあるし。」
「じゃぁ急いで集めますね!」

割って石化したそれを作業台にそっと乗せると、ベドゥは急いで同じものを探そうと木々の根本を掻き分け探し始めた。
僕は何も言わずそのままその様子をじっと見ていた.

「見つけました!…っとあれ???」

案の定、ベドゥは水晶ではなく朝露に濡れた苔をつまんでいた。

「ふふふ、水滴に包まれた苔はこれととても良く似ているから、中々探すのは面倒なんだ。」
「何かこう、サッっと見極められる方法はないんですか?」

濡れた手をピッピッとはらいながら、ムゥとした顔をする。

「そうだね…良い方法があったら良いんだけど。」

そう言って僕は一つづつ水の塊を指でついて探していく。

「はぁ…魔法って便利な様でいて実は使い勝手が悪いんですね。」
と言いながら隣に並んで水滴を弾いていく。
僕はそんなベドゥの頭を撫でて、

「そうだね、魔法は…そう…思う程便利な物じゃないよ。ホントは普通と何ら変わらない。ちょっとした知恵の様な物かな…僕はそう思ってる。」
「知恵かぁ…ならこれももしかしたら何時かは突っつかなくても見分けが付くようになるかもしれませんね。だって知恵って工夫する事だから。」
「そうだね。その方法をベドゥがもしかしたら見つけるかもしれない。」
「わぁ~そう考えると、何だか楽しくなってきました。.」

つまらなさそうに弾いていた指が途端に楽しそうに軽やかになる。

「ベドゥはきっと、良い魔法使いになるよ。」

思ったまま言っただけだったが、ベドゥはいたく喜んで満面の笑みをしていた。

「ホントですか!?じゃぁ、もっと頑張らなきゃ!」
「その前に、さっ…これを早く集めてしまおう。依頼主さんの元に届けるのが遅くなってしまうから。」
「はーい。」

露に擬態しているそれを一つづつ拾いながら、成長していくベドゥがまるで石化した水晶の欠片の様に眩しくて、僕は目を細めた。
そして家のどこか奥で埃をかぶっているであろう植物図鑑を探さなければと思っていた。

fin.