引っ越しの荷ほどきもほぼ終わった頃、仕立て屋さんから先日採寸したドレスが

出来上がってきた。

式まで後3日。もう夏も終わる頃だった。

ハンガーに掛けられた真新しい白いドレスを見つめながら、

とうとうこの国へ嫁ぐ事になるのかと、

この国へ来てから起こっためまぐるしい人生の変化に想いをめぐらせていた。

 

「私がドレスを着て嫁ぐ事になるなんてね…ふふふ。人生、何が起こるかなんて、

本当に分からない事。けれど、このドレス…入るかしら…?ねぇ…?」

 

とまた少し大きくなったお腹を撫でながらその中にいる子に語りかけた。

と、何やら外から賑やかな声が聞こえてくる。

 

「まぁ…どうしたのかしら?」

 

と重い身体を支え立ち上がると家の戸口から外を覗き込む。

 

「まぁ。ニオ~。また随分とお腹、大きくなって。」

「母様!それに父様も…。シギ兄様まで!!」

 

そこには遠い祖国に居るはずの家族の顔があった。

 

「ふふふ。貴女の晴れの日ですもの。来ない訳ないでしょう?」

 

そう言うと母は私をそっと抱きしめた。

 

「お店は??宜しいの???この時期ですと秋のお茶会でお忙しいでしょうに…。」

「何言ってんだ?娘の大事に仕事何て言ってられっか!」

 

と、父はいい母と共に抱きしめられた。

 

「なぁニオ、荷物何処おけばいい―?」

 

そういう兄の声に、トキ兄とシギ兄が、そしてフィンさんも大きな荷物を持って並んで

苦笑している姿が見えた。

 

「兄様!ごめんなさい。そこへ…。」

 

と促すと久しぶりに会う兄シギをギュッと抱きしめた。

 

「俺にはないのか…?」

 

と不満そうに漏らすトキ兄に笑いかけ、

 

「トキ兄さんは…いつも顔、合わせてるでしょう?まぁ…フィンさんまで。ごめんなさいね?今、お茶入れますわ。」

 

と言いキッチンへ立とうとすると、母が

 

「あぁ、いいのよ。私がやるわ。ゆっくりなさい。」

 

と止められた。

 

「俺は仕事があるから、夜にまた来るよ。フィン…いこ…?」

 

と、トキ兄はフィンさんを伴いそのまま出て行った。

 

「ヘイト君は…仕事か?」

「ええ、家の事も落ち着いたので、もう仕事へ出ています。」

「そうか…。しかしお前が家を出てから、まだそんなに経っていないはずなのに、もう随分経ってしまったように感じるな…。」

「父様…。」

「いや、娘が嫁に行くってぇのに、湿っぽい話はなしだ。スマンな。」

 

と父は頭を掻きながらそう言った。

 

「俺、折角だしちょっとその辺見てくるよー。旅行に来る事なんてないからさー。」

 

というとシギ兄はひらひら手を振り外へと出て行った。

 

「あ…父様・母様、お二人も少し一緒にお散歩しませんか?折角ですし。」

「まぁあなた…そんなに動いてダイジョウブなの?」

「ふふふ。大丈夫。仮に万が一が起こっても…母様も父様もいらっしゃいますでしょ?」

 

と笑うと二人をいざなって外へと出た。

庭へ出ると母を連れまだ植えたばかりの桜の樹を見せた。

 

「まぁ?これは…桜の樹じゃないの?」

「ええ、この国にも…桜があるんですよ?お腹の子が大きくなったら…。お花見をしようとおもって…。」

「そう。それはいいわね。」

「花見かー。ならそん時にゃぁうちの桜餅が必要だなぁ。」

 

と父は笑った。

その後街を少し歩き、道行く知り合いに両親を紹介して歩くと、

あっという間に夕方になっていた。

夕食の食材を揃え家へと戻り両親の泊まる部屋を整える為少し離れている間に、

 

「ニオは…この国に馴染んでるのね。」

「そうだなぁ…。大丈夫。きっと立派にやっていける。」

 

と不意に少し涙ぐむ母の肩をそっと抱き同じく寂しそうに微笑む父が居た。

 

”父様…母様…”

 

声を掛けず、そのままそっと自室へ戻り両親と離れて暮らす事を決めた時以来の涙をこぼした。

静かにその流れた涙をぬぐい泣き顔を整えると、

 

「さ、短いけれどアルバを堪能していってね?部屋はこちらよ?」

 

と荷物を持ち案内をした。

ヘイトさんが帰宅した後、仕事を終えたトキ兄とフィンさんも交えて、温かい団欒を楽しんだ。

翌日、式のリハーサルへ出向き、お招きするお客様へのご挨拶を終えると、

両親が実は…と話を切り出してきた。

 

「この国にゃそんな風習はねぇんだろうが、ワでは嫁入りん時にゃ、何かしら祝いをふるまうもんだ。家じゃねぇから、大したこたぁ出来ねぇが…。干菓子くれぇは作れんだろ。」

 

と、確かに家へ訪れた時に何をそんな大荷物をと思ったけれど、その正体がわかった。

ずらりと道具を並べ、顔をキリッと引き締めて仕事に取り掛かる父と兄と、

そしてそれを手伝う母を見て、

あぁ…この両親の元に生まれ、こうやって愛されて育ってきた事に心から良かった…

と感謝した。

 

「父様…母様…。今まで育てて下さって…ありがとう。愛して下さって有難う御座いました…。」

と絞り出すように声を出し言うと、堰を切ったように涙があふれた。

「ちゃんと、ご、あいさつ…しようって…うっく…思ってた、、、のに…。ごめん…なさ…。」

泣きじゃくる私を見て母はそっと抱きしめると、

「いいのよ…。分ってる。母さんこそ、私の所に生まれて来てくれて、ありがとう…。お嫁に行ったって…母さんの娘には違いないわ。だから、泣かないで…。ね?」

そういうと、抱きしめる手に力を込めた。

 

”娘”としてこうして泣く事はもう最後になるだろうと思うと、甘えるその腕をその胸を離したくないと思ってしまう。

それでも、巣立ちを選んだ自分はこの手を離さなければならない。

それが何ともいえず寂しかった。

 

「ええ…。そう、ね。私も…母様の様なお母さんになれるかしら…?」

 

母の肩に頭を乗せ小さく呟くと、母は頭を優しく撫で

 

「大丈夫…貴女ならきっと母さん以上のお母さんになれるわ。それに1人じゃ…ないでしょ?」

と言うと、両手に頬を挟み見つめると笑った。

「くっそ…泣けてくらぁ!」

 

少し離れた場所で鼻をすする父と、仕方ないなぁという顔で父を見つめる兄の姿があった。

 

「さぁて…。そろそろ始めねぇと間に合わねぇぞ。父さん。」

 

と肘で父を小突くシギ兄に、やっとの事で涙が止まり笑みがこぼれた。

 

「私も手伝います…。久しぶりだから上手くいくかしら?」

 

と言うと父と兄の輪に混じり、出来上った桜の形をした落雁を、小箱に詰め封をした。

夜、家に帰ったヘイトさんが何事か?と驚く顔を見て再び笑うと、

その輪へと招きお手伝いをして貰った。

こういう事になれないヘイトさんは難しい顔をしてどうしていいやらと戸惑っていたけれど、徐々に頬が緩み薄く笑みが漏れていた。

あぁ…こうして家族になってくんだなと、決して別れる訳ではない。

人と人の輪が広がるだけなんだと、安堵した。

明日は式当日…いよいよ私は嫁ぐ事になる。

 

to be continude...