「随分とお腹が目立つようになってきたな。まぁ、2人入ってるんだ当たり前と言えば当たり前だが…。

もう安定期に入ったし、アンタ達まだ式もしてないんだろう?するなら今の内だよ。」

 

と検診へ言った際にトライス女史からそう言われた。

 

「式…ですか…。」

 

こんなお腹ではととっくに諦めていただけに、この言葉にはとても驚いた。

 

「まぁどうしてもって訳じゃないがね。とにかく式場へ予約だけは入れておかないと、籍いれられないからね。覚えてお置き?」

「まぁ!そうなんですのね…。まだ勝手が良く分かってなくて…。ヘイトさんと、一度相談してみます。」

「あ、今の内って言ったがそんなに猶予がある訳じゃぁないからね?あんまりグズグズするんじゃないよ。」

 

というとカラカラと笑う。

私は彼女のこのさっぱりとした笑顔が好きだし、この国で頼る者の少ない身としては、こんな事態になった自分にはとても心強かった。

検診を終え部屋の外へと出ると、ヘイトさんが待っていてくれた。

 

「お待たせしましたわね。順調だそうですわ。」

「そうか…。」

 

口数は少ないけれど、彼にしては柔らかい小さな笑みを見せると、前に立って歩き出す。

それについて歩き出した時、ふと奥にある記帳台が目に留まった。

 

「ヘイトさん、少しお待ちになって…。」

「…どうした?忘れ物か?」

 

と振り返りながらそう言う彼に、

 

「いえ、さっきトライス様に、『式の予約だけしておかないと籍が入らないから、式をするなら安定期に入った今の内だ』と言われたんです。」

 

と、そのままの事を伝えた。

ヘイトさんの顔を見ると何時もと変わらない固い顔で、表情がよめずにいると、

 

「そうか。」

 

というなりその記帳台へ歩み寄ると、サラサラと開いている欄に記入する。

私も近寄りその手元を覗き込むと、次の秋の月、最初のお休みの日にヘイトさんと私の名前が並んで記入されていた。

 

「予約…したぞ。」

 

と普通なら怒っているかの様に見えるが、照れている時特有の眉を顰め難しい顔をしながらそう言った。

 

「はい。確かに。」

 

そう言うと嬉しくなって私の頬も紅く染まるのを感じた。

 

「あ、けれど…こんなお腹ですし…。実際に式はしなくても宜しい様ですのよ?こちらに記載があれば、当日式が行われなくとも、入籍の手続きはして下さるそうなので。」

「…ニオの身体次第だろうが、何もしないのは、お前の両親にも申し訳ない。式は…しよう。」

 

というなりまた背を向けて

 

「さ、行こう。やらなければいけない事が増えた。忙しくなる。」

 

と歩いていく。

口下手な彼の、精一杯の思いやりと優しさに心が温かくなった。

きっと今前に回って彼の顔を見たら、難しい顔をしながら照れているんだろうなと思うと、可愛くて思わず笑みが出る。

 

「はい…。そうですわね。ふふ。ありがとう。ヘイトさん…。」

 

というと、いつもは恥ずかしいからと、手を繋いで歩く事をしない彼の手をとり繋ぐと一緒に並んで家へと歩いていく。

その道すがら、珍しく彼から話しかけられた。

 

「ニオ、私は騎士になってからこの方仕事一筋で来た。食べる物に関しても、畑で作り野で採取をして生活をしてきた。だから、貯蓄がそれなりの額ある。それで…。」

 

一瞬言葉を区切り息を一つすうと、意を決したように再び話し始める。

 

「家を、買おうと思う。お腹の子も双子となれば、助けも必要だろう。だから、お前の兄の家に近い、旧市街地の邸宅を買おうと思う。どうだろうか…?」

 

思っても見なかった提案にとても驚いた。

 

「邸宅…って…とても直ぐに買えるような価格ではありませんでしょう?」

 

と、先の事を思い不安げに問うと、

 

「いや、蓄えは邸宅を買った所で十分に余る。心配はない…。」

 

と平然と言う彼にどれだけ倹しく生活をしてきたのかと再び驚きを隠せなかった。

少し考えた後、子供達が伸び伸びと過ごせるなら、それも良いかもしれないと、

 

「それなら…お言葉に甘えてしまいます。とても嬉しい…。」

 

そう言い彼の逞しい腕に頬を寄せる。

 

「そ、外ではそんなにくっつかないでくれ。すまん…。」

 

と、困ったように言う彼に

 

「ふふっ…そうですわね。ごめんなさい。」

 

と離れる。

 

「明日、手続きをしに行ってくる。引っ越しする都合もあるだろう、体調が良い時に…部屋を内覧しに行くか?」

「まぁ?見せて頂けるの?」

「邸宅は、持ち主が決まるまでは自由に内覧できる。」

「ふふっ…この国は…不用心ですのね。」

「そうだな…。」

 

チラリと私を見ると、ごくごく小さく微笑む。

彼のこの優しい笑みはきっと私しか知らない。この笑みを見るだけでとても安堵し、どれほど自分が彼を好いているのかと呆れもする。

家へ着くと、流石にお腹が張り休みたかった。

 

「ごめんなさい…少し休ませて。」

「ああ、気にしなくて良い。私も少し、出かけてくる。」

 

というと、長椅子に座る私の頭に一つ口づけると。

 

「軽く口に出来る物は置いてあるから、腹が空いたら食べると良い。夜遅くはならないが。先に寝てて構わない。ゆっくり休むといい。」

 

と戸口へ歩いていった。

 

「気を付けて、いってらっしゃいませ。」

 

と声を掛けると一度振り返りまた私の大好きなあの微笑みを見せ出掛けて行った。