村を出て暫く歩くと、突然今までとは違う光景が広がる。

「わぁ…凄い砂漠。ユルヨさん、先が見えませんよ?本当にここを行くんですか?」

「うん。この砂漠は魔法使いにしか越えられないって言われてるんだ。でも僕はそう思ってはいない。」

「どうしてですか?」

「魔法使いにしか越えられないじゃなくて、魔法使いしか渡らないだと思う。こんな所普通の人なら何の用事もないから…?」

「うーん…確かにそうかもしれませんね。でも”魔法使いしか越えられない”の方が何だかカッコよくていいな。」

「ふふ…そうだね。でも、もしかしたら本当に魔法使い”しか”越えられないのかもしれないし…。本当の所は誰も知らないから。」

「じゃぁ、僕はそう思っておきます。何だかワクワクしてきました。早く行きましょう!」

好奇心一杯の目をクルクルさせてベドゥはとても楽しそうだ。

僕は先を行くベドゥの後をついて砂漠へと足を踏み入れた。

夜になると砂漠は一気に気温が落ち凍えるほどの冷え込みに襲われる。

冷え切った空気の中、砂地の彼方此方で灯がともっている。他の魔法使い達がその日の寝床を作り寒さをしのぐための暖を取っているのだろう。

その光景はまるで夜光虫が地に留まっている様に見えて美しかった。

「綺麗ですね…。何だか魔法使いだけの村みたいだ。」

たき火の灯りにベドゥの顔が淡く照らされる。

その顔は何だか不安そうな寂しそうな。そんな顔に見えた。

「…故郷を、思い出した?」

「…どうでしょう?本当の所、もう随分と記憶もあやふやで。小さかったですしね…。」

眉をハの字にまげて苦笑するベドゥはどんな気持ちでこの景色を見ているんだろう?

僕には分らない。

けど、悲しい気持ちにさせるつもりで言った訳ではなかった。

「ごめんね。」

「え?いえ!ただ…。景色も霞んでぼんやりしてるのに、冬の居留地で灯っていた灯りは何となく覚えていて、こんな風だったかなって。ちょっと…。」

「そう…。」

「僕の中から何か大事な物が消えていくみたいな気がして、変な感じ…。」

「…帰ったら…。タイキとイナヤの所、遊びに行こうか…。」

と僕はそう言ってベドゥの頭を撫でた。

気の利いた言葉も慰めも言えず、何にも出来ない僕が唯一出来る事と言ったら、頭を撫でる事ぐらい。

こんな僕の側に居てくれるベドゥの為なら何だってしてあげるのに。そう思ったら何も持っていない自分が少し悲しかった。

「ベドゥ…。もう休んで。明日も、早いから…。僕が火の番をしてるよ。」

「ユルヨさんこそ寝なくて大丈夫なんですか?」

「うん。大丈夫。ちゃんと休むから。」

簡易で作ったテントの中に入ると旅用の寝具に包まれると夢に吸い込まれる様にベドゥは眠りについた。

薪木のパチパチと爆ぜる音を聞きながら僕は空を見上げ、瞬く星達を暫し眺めていた。

「ねえ…お星さま。僕が師匠でいいのかな…?」

そう呟いてみても星達は夜空に静かにとどまり瞬くばかりだった。

 

Go back     Go to Next