さようなら。今日は。さようなら…。今日は…。
寄せては返すさざ波のような…甘く、切ない愛しい声。

「…朝か。」
今日もまた目が覚めた。手を伸ばし空を掴む手はもはや嗄れて、精気にかける。
己の体は自分が一番分かっているつもりだ。
多分、もうそう先は長くないだろう。

ここ数日、ぼんやりと夢の中でモモカの姿を見ている気がする。
先が見えている俺を迎えに来ようとしているのか、
若しくはモモカに迎えに来てほしいと言う願望がそうさせるのか、
分からないが、もう聞けるはずもないその声に手を伸ばし目が覚める。

「ったく。今日も会いに来いってか?」

中々に重くなった体を起こし、ナーガの舘まで足を運んだ。

「ほら、会いに来てやったぞ。全く中々来るの大変なんだからなぁ…。」

ひんやりとした祭壇をそっとなで、花を手向ける。
そこに姿がある訳じゃない、触れる事ももう出来ないが、そこにいるような気がして少し笑みがこぼれる。

モモカが亡くなった時は、片翼がもげたかの様に酷い状態だった。
子供らにも随分と心配や迷惑をかけたと思う。

「あの頃は、君に叱って欲しかったなぁ~…。キッカー君ダメでしょ!?ってさ。」

あれからどれだけ心の中で君と対話しただろう。答えの貰えない問い。
戸惑い、寂しさ、失ってしまった空虚感。
色々な想いが交錯して自分を見失っていたと思う。
こんな風にやっと穏やかにここに来られる様になるまでには十分過ぎるほどの時間が経ってしまった。

「俺もじぃさんになっちまったよなぁ~…。この姿で会いに行っても、愛してるって言ってくれるか?」

目を閉じ在りし日の君の姿を思い出す。

″こ…今日は!は…初めまして。″
″キッカー君、あのねっ…アカチャン、出来たみたい…。″
″キッカー君…愛してる…。″

君の眩しい程のくったくのない笑顔を瞼の裏で描いた。

「きっともうすぐ会えるから…。そうしたら、もう1度そうやって笑いかけてくれよな。」

愛してるよ。モモカ。
これからもずっと。
命は廻り続けるものならば、何度だって君を探して迎えに行くから。
そうしたらまた俺を愛してくれますか?

「ふっ…。まぁ、愛して貰えるように頑張るさ。なぁ?」

今は掴むことの出来ないその手を、また掴みに行ける。
そう考えると少し命がつきるのも悪くないかなと思えて、不思議と笑みがこぼれた。
それまではせいぜい残して逝く者達を大事にすることにしよう。

「さて、そんじゃまぁ…。子供らんとこにでも顔出してくるわ。」

そう言って立ち上がり歩きかけた時。
声が聞こえた気がして振り返った。

天窓から差す光りの中に後ろ手に組み、首を少し傾けながら微笑んで、

″さようなら…。″

そう言った。

「あぁ…。またな。今度はちゃんと迎えに来いよ?」

そう光りの中に立つ彼女に声をかけると、舘を後にした。

君に会えたら一番最初に何て言おう。
君は何て言うだろう。
想像するとドキドキする。

″今日は。さようなら。″

何度でも繰り返すこの言葉から、また始めよう。二人で永久(とわ)に。