とある日。夜鳴きの帰り道、いつものようにもうそれがまるで当たり前かの様に凍李と二人並んで帰宅の途についていた。

 

「今日は忙しかったのか?」

「んー。そうでも。まぁ、夏~だしな?何でも壱区辺りじゃぁ”びあ・がーでん”何てぇ洒落たもんをやってるらしいが、何にしてもこう暑くちゃ、中華そば食べようなんてぇ思うもの好きはいねぇよな。」

 

と頭を掻く。

 

「じゃぁ、和來も夏の何かメニュー考えればいいだろう。」

「んー。夏のメニューなぁ?」

「それか…いっそ夏の間は休みにするっていうのは?和來、生活に困ってる訳じゃないだろう?」

 

確かに別段生活していくには十分な預金は持っている。

両親が残していった遺産。そして祖父母の預金。それらは十分と言っていい程あった。

 

「休んだ所で、どっか行ける訳でもねぇしなぁ?行こうとなると、誰かに爺さんの世話ぁ頼んで行かなきゃいけないし。」

「何だ…もし和來が休みを取るんなら、近場でどこか旅行にでも行けないかって思ってたのに。」

「旅行かぁ…そういやぁ行った事ないな。」

 

等と話しながら歩いていると、街の角辺にある少し大きめの掲示板が見えてきた。

と、そこには

 

『納涼大花火大会』

 

と書かれた大きなポスターが貼られていた。

 

「へぇ…花火大会かぁ…。そういやぁ、花火大会何ぞ久しく見てねぇなぁ?」

「まぁ…こういう大きなイベントをやると、ガラクタ共も動きやすくなるしね。皆違う事に気が行くから。これ、誰が主催してるんだろう?」

「さぁなぁ?…調べとくよ。念の為にな。」

「…僕は上に一応話を通しておく。」

「っは、凍李は…相変わらずまじめだなぁ?」

「べっ…別にそう言う訳じゃない。断頭台…だからな…一応。」

と少しむくれた顔をして言う。

 

その顔を覗き込むと、

 

「なぁ、それじゃぁこの花火大会、何でもなかったら…行ってみるか?1区だから、行くのにゃぁ少し距離があるが…。どうだ?」

「爺さん、どうすんだよ。」

「まぁ長い休みじゃねぇし、知り合いに何とか頼んでみるよ。」

「じゃぁさ、行ける方向で考えていいのか?」

 

と、見るからに嬉しそうに言う凍李の顔を見て、ついつられたように笑みが出る。

 

「何だ、そんな楽しみか?」

「べ、別にそんな事は…。」

 

と取り繕う様に言うも、その白い肌が紅潮する様子を見れば、心根など手に取る様に分かった。

彼のそんな所は何時も微笑ましく、愛しい。

 

「そぅかぁ~。楽しみかぁ~。」

「何だよ!もう…!」

と笑いながら家路を歩いた。

 

――――。

 

「じゃぁ。爺さん、身の回りの手伝いは、いつものおばちゃんに頼んだから。…行ってくる。ごめんな。」

「あぁ…。楽しんでおいで。こんなご時世だ。お前はまだ若い。楽しめる時に楽しめよ。なぁに、わしゃぁダイジョウブだ。何も心配せんでいい…。行っておいで。」

 

そういい笑う祖父の手を一度握り、部屋を出た。

階下へ降りると、何時もの断頭台の制服ではなく、私服に身を包んだ凍李が待っていた。

 

「お?今日は制服じゃねぇんだな?」

「バカか。旅行に行くのに、制服着てくる訳ないだろ?」

「はっは!そりゃぁそうだ。うん。私服もいいねぇ。…良く似合う。」

「はぁ~…もう…。何だよ。」

 

とため息をつきながらも、顔はまんざらでもない様だった。

 

「行くか?」

「爺さん、ダイジョウブか?」

「あぁ、いつも夜鳴きで区を跨ぐ時に頼んでく人に任せたから、ダイジョウブだ。」

「そうか。和來は…ダイジョウブか?」

 

凍李は儂が誰よりも祖父を大事にしている事を知っている。

だからこそのその問いであったのかと思うと、胸が温かくなる。

 

「…ダイジョウブだ。」

 

というと、軽く頭を引き寄せその額に口づけた。

荷物を持ち店の外へと出ると、喧しい程の蝉の声とむせ返るような夏の暑さに、一瞬息が止まる。

 

「あっちぃなぁ~?凍李、ダイジョウブか?」

「多分…。」

 

凍李のその透けるほど白い肌には、この日差しはキツすぎる。

と、一度店へ戻って中から日傘を取って戻り、凍李へその傘をさしてやる。

 

「まぁ、気休めかもしんねぇが。ちったぁマシだろ?」

 

とニカリ笑うと並んで歩き出した。

壱区まではこの参区からだと2日程の距離がある。

公共の機関を使っても直ぐにつく所ではない。

だから、途中寄り道をしながら1日目は弐区の儂の家で止まる事にした。

 

「凍李ん家、挨拶行くか?暫く、父殿と顔合わせてねぇからなぁ。」

「いいよ!それ、今度で!今日は…旅行だろ?」

 

という凍李が愛らしい。

 

「そうか、それもそうだ。じゃぁ~。何もねぇけど、とりあえず飯食いに行くか?今日はちょっと豪勢にいこう!」

「はは♪明日もあるのに、財布ダイジョウブか?」

「何だ?飯、いらねぇか?そうかぁ~でも儂ぁ腹減ってるから…喰いにいかねぇなら…凍李を頂くしかねぇなぁ?」

「ばっ!何言ってんだよ!行くぞ!ほら!」

 

と頬を染めながら先へ出ていく凍李の後を追って家を出た。

翌朝、何時もよりものんびりと置き、隣で寝る凍李が起きないようにベッドから出ると、

朝食を作りセットする。

 

「凍李。そろそろ起きろぉ?飯食って、出かけないと。」

「んぅ…。もうちょ…っと…。」

 

寝返りをうち背をかがめ寝入ろうとする凍李の横に腰かけ耳元で囁く。

 

「早く起きないと…。凍李を朝食にするよ。」

 

といいその背に手を差し入れて肌を撫でると、真っ赤になって飛び起きる。

 

「うあぁ!起きるからっ!!」

「ははっ!残念だなぁ。」

 

と少し残念そうに言うと脱いだ寝間着が飛んできた。

軽い朝食を取った後、片づけをして壱区を目指す。

壱区へと辿りついた時には、もう夜も随分と深けていた。

予約しておいた宿屋へと到着すると、軽い食事を取りながら明日の話をした。

 

「さぁって、明日はいよいよ花火大会だなぁ。儂が調べた所じゃぁ、とりあえず主催はガラクタが絡んでる様子はねぇが…。一応用心しておいた方が良い。」

「うん。一応警戒をするように、上には伝えてきたから、断頭台が警備にあたる事になるだろう。」

「そうか…。凍李、もし万が一…何かあったら、儂を置いて逃げろよ?」

「そんな事!出来るはず無いだろ!?僕は断頭台だ。和來を置いて逃げるなんて事、断じて出来ない。」

「良いから、聞けよ。断頭台だろうと何だろうと、命は1個しかねぇんだ…。儂ぁ凍李の足かせになりたくねぇ。もう二度と儂をかばって大事な人が死ぬような目に、あいたくねぇんだ…。

儂ぁ凍李が大事だ。儂の命かけたってこれっぽっちも惜しくねぇ。だから…頼むよ。約束してくれ。」

 

懇願するように凍李の肩を抱きよせ言う。

 

「…約束の、、、保証はしない。けど、善処する。」

「あぁ、それでいい…有難う。」

 

きっと万が一があったとして、凍李は約束した通りにはしないだろう。

それでも、ギリギリの所で自分の信念を譲歩してくれたのであろう。その気持ちが嬉しかった。

 

「そうだ。明日なんだがな、これ…。」

 

と言うと荷物の中から大きな包みを取り出す。

 

「それ何?くる時からそんな大荷物…って思ってたけど。」

 

とクスクス笑う。

その様子を見ながら包みをあける。

それは色は少し違うが揃いの浴衣と帯、一揃いだった。

 

「え。浴衣?」

「そうだ。やっぱりよぉ?夏!花火!ってぇなったら、浴衣!ってなるだろ?」

「ブッ…!何そのこだわり。」

「駄目かぁ?いやぁ、儂ぁ良いと思ったんだがなぁ?」

 

凍李が腹を押さえて笑っている。その時を共有するだけで幸せだった。

花火大会当日。

日中は爺さんへ持って帰る土産を探したり、入った事のない店へ寄ったりして過ごし、

夕方早めの軽い食事を済ませ、共に風呂を済ませる。

 

「あ、そうだ。明日朝ゆっくりしたいから、先に会計済ませてくるよ。」

「あ、うん分かった。待ってる。」

「ワリィな。ちょっと待っててくれ。」

と言うと、階下に降り店主へと会計を済ませて部屋へ戻る。

「…凍李。」

「和來、これどうやるんだよ!」

 

持ってきた浴衣を羽織って帯が巻けずに格闘する彼が居た。

 

「嫌じゃなかったのか?」と問うと、

「祭りには浴衣なんだろ?」と不敵に微笑んだ。

「プッ…、貸して。」と帯を受け取り着付けてやる。

「苦しくないか?」

「ん、ダイジョウブ。意外と涼しいんだな。これ。」

「着た事なかったのか。」

「子供の頃は着せられてたのかもしれないけど、覚えてないな。」

「そうか。意外と涼しいんだ。汗吸うしな。」

「ほら、和來も早く着替えないと、始まっちゃうだろ。」

とせかされ、慌てて自分も着替える。

「和來、似合うね。」

「だろぉ?良い男は何着ても似合うんだ。」

「あれ?どこに良い男がいるんだよ。」

「ここにー。」

といって凍李の頬を挟むと口づけた。

「さて。いよいよだ。」

 

2人で下駄をカラコロ、会場へと向かう。

日はとっぷりと暮れ会場には祭り提灯と屋台の灯りが彩りを添えていた。

適当な場所を取ると、屋台で買った酒とつまみを手に、始まりを待つ。

ほどなくして小さな花火が一つ、開始ののろしを上げた。

 

”ドーン…ド、ドーーーーン!!”

 

腹の底までも響く低温が心地よい。

それと共に頭上で輝く光の華に圧倒された。

 

「…綺麗だな。」

「うん。綺麗だ…。」

 

短くもそれ以外の形容は何の意味をもなさない程、魅了された。

花火の光が凍李を照らし、その白い肌が妖艶に輝いていた。

 

「凍李…。」

「え、何?」

 

と儂を振り返る凍李に顔を寄せ深く口づけた。

そして額にコツンと自らも重ね、

 

「一緒に来てくれて、ありがとうな。良い夏の思い出が出来たよ。」

「うん。僕も…。一緒に見られて、良かった…。」

 

その瞬間パパパアァン!!というこれまでで一番派手な音に、また空を見上げると、

パァッと無数の花火が一度に開き、夜の空とは思えぬほどの明るい鮮やかな色を放った。

その後ひときわ大きな轟と共に一番大きな4尺玉と呼ばれるそれが大輪の花を開いた。

儂は無意識に凍李の手を握ると、その降り注ぐ光の雨に2人共に包まれたのだった。

きっとこの夜の事、この時の凍李の顔は一生忘れる事はないであろう。

凍李への愛と感謝を添えて、幸せと共に…。

 

fin...