そうした日々を数日繰り返し、ようやく星降る丘に辿り着いたのは夜の節に入る前日の夕方だった。

「いよいよですね!早く星を拾ってリリアさんに届けてあげなきゃ。」

「そうだね。今日の夜になったら、もうずっとお月様は出たままで暫くお日様とはお別れだよ。」

「そう言えばそうですね。日が昇ったら、新しい年が来るんだ!あ、今年は年越しの準備何も出来ないや…。」

「別に特別な準備何かしなくても…。」

「ユルヨさんはそう言う所、きちっとしないの良くないですよ?」

「そう…?」

肩をすくめてクスリ笑うと、テントを張り呪文を唱える。

「何の呪文をかけてるんですか?」

「うん。テントに星が当たって壊れないようにね。」

「あぁ。そっか…。え、そんな大きなのが降ってくるんですか!?」

驚いた顔をして僕を見るベドゥが可笑しくて、僕は声を出して笑った。

太陽がすっかりと地平線の下へと消え、ゆっくりと茜色をした真ん丸な月が昇ってくる。

丘の上だからか月がとても近く大きく見える。

それは高くなるにつれ色あせていき白色となって行った。

もう、これから数日は太陽の姿を見る事はなく、またそれは一年の終わりを告げるということでもあった。

そんな月の下でベドゥと2人夕食を摂る。

広い丘と言えどかなりの数の魔法使いが集まっているのだから、そこここで仲良くなった者達で楽しく過ごせば良い様なものの、そんな人々は稀で、皆各々思い思いに星が降るのを待っていた。

「そうだ、ユルヨさん。前にここに来た時は、仕事で来たんですか?」

防寒の為に肩から毛布を羽織り、湯気の立つコップを手にして、ベドゥは僕の過去を訊ねてきた。

「うぅん。仕事じゃないよ。そうだなぁ…何処から話そうか。」

ポツリポツリと僕は旅をしていた事、そして酒場の親父さんと老人の事、そしてここへたどり着いた事を、ゆっくりと話し始めた。

「へぇ…偶然だったんですね。そっかぁ。」

「ここに落ちてくる星達は、きっと何かしらの意志を持って落ちてくると、僕は思うんだ。だから、ベドゥ…。リリアさんの石はよくよく見て選んであげるといい。」

「はい。うわぁあ…僕迷っちゃいそうです。」

「大丈夫。きっと、石がベドゥを呼ぶから。後、君自身の元にも星は落ちてくるよ。」

「僕の星!?え、良いんですか?拾って行っても!?」

「勿論。」

「わぁあ!僕の星!凄い!!どんな星だろう…。」

少し垂れた目を大きく見開いて空を見上げていると、一つ小さな星が流れた。

「あ、流れ星!」

「…そろそろ始まるみたいだね。」

「え!そうなんですか!?…ど、どうしよう。僕ちゃんと選べるかな。ドキドキします…。」

空からは一つ二つと色とりどりの星が流れ、落ちてくる。

それはまるで色とりどりの砂糖菓子が降ってくる様で、それまで月の灯りだけだった丘が一気に淡い光に包まれる。

「うわっ…凄い…!!綺麗…。」

口を開けてあっけにとられているベドゥに、

「ほら、そんな口を開けて見上げていると、星が口の中へ飛び込んでくるよ。」

というと慌てて手で口を押えて閉じる。

「さ、探しに行こうか。リリアさんの星を。」

手を差し伸べて繋ぐと丘の中を歩き始めた。

「そう言えばユルヨさんは?拾わないんですか?」

「僕はもう、拾ったから…。僕の星は、僕の中にある。」

「え?それってどういう…。いてっ!」

どういうこと?と最後まで言い終える事が出来ず、ベドゥは丘にしゃがみ込んだ。

その足元には薄い水色とオレンジが入り混じったような色を発光させている星が転がっている。

「いってぇ~。何だよ…もう…。」

「ふふ…きっとそれがベドゥの星なんじゃないかな?」

「え、そうなんですか?角にぶつかってくるなんてひどいよ…。」

「頭に落ちてこなかったんだから…許してあげて。」

そういうと僕はその星を拾いベドゥの手へと乗せてやる。

「ひゃっ!?え、ちょ…何だろう??冷たくて温かくて、何か変な感じ!!」

「うん。冷たくて暖かくて変な感じ。」

「うわぁーどうなってるんだろう?これ。面白いですね!」

「少し、かじってみたらいいよ。食べられるから。あ、でも全部はやめておいた方がいい。僕みたいになったら大変。」

「え…ユルヨさんどうしたんですか?」

「…倒れた??」

「えぇ!?」

そんなに危険な物なのかと星を持つ手を出来るだけ遠くに伸ばして仰け反るベドゥを見て、僕は慌てて言い直した。

「えっと…全部じゃなかったらきっと大丈夫。少し欠片を舐めてみるとかなら…。それにベドゥの星はそんな風にならないかもしれないし。」

「皆一緒じゃないんですか?」

「うん、皆それぞれ違うって言われてる。味も星の記憶も…。だから、ベドゥの星がどんなのかは、多分ベドゥにしか分からないと思うよ?」

「そうなんですか…。えっと、どうしよう…。」

躊躇するベドゥの為に、一旦その星を受け取ると持ってきたナイフで少し砕いて欠片を渡す。

「これ位ならきっと大丈夫。折角だし、ね?」

左程形の変わらない星と、欠片の両方をベドゥに渡すと、意を決したように欠片を口へ放り込む。

ギュっと瞑っていた目がだんだんゆるんで目じりが下がる。

「ユルヨさん。これ…凄く甘くておいしいです!何だろう…とても優しい味がします。それにとても…温かい。

何だろう?目の前がキラキラしててフワフワしてて、お母さんのプリンを食べてるみたいな…そんな感じがする…。」

そう言いながら顔は笑っているのに、瞳からはポロポロと涙が零れているのが見えた。

僕はベドゥを引き寄せると、ギュゥっと抱きしめた。背中をさすって抱き締めてあげる事しか出来なかったから…。一体自分に何が起こっているのか分からなくても、きっと彼は彼の運命と出会ったのだろう。

それはとても優しくてとても悲しい物だったのかもしれない。

でも、それを知るのはその星を口にしたベドゥだけだ。

随分とそうしていてやっと顔を上げたベドゥは、何だか少し大人びて見えた。

「有難う御座います…えっと、スミマセン。泣いたりして…。」

「大丈夫。僕も…昔、同じように泣いたから。」

「え?そうなんですか?何だ…もっと早くに教えてくれたら良かったのに。」

そう言って苦笑するベドゥの頭を撫でると、僕はあの老人が僕に託した小瓶の星の欠片の事を思い出した。

「そうだ…。あの子、帰してあげなきゃ。」

懐から小瓶を取り出すと、力なく光を放っていたその星の欠片は、預かった時よりも少しだけ強く光っている様に見えた。

僕はコルクの蓋を外し手のひらへとその欠片を出してやる。

きっと外の空気に触れたのは何十年ぶりかの事だろう。

「ユルヨさん、それ、どうするんですか?」

「そうだね…どうしようか凄く悩んだんだけど…。持ってた老人ももう天に帰ってこの地には居ないし、

折角ここへ来たのだから、この地から天の老人の元へと帰してあげるのが一番かなって…。手伝ってくれる…?」

「喜んで!」

僕はベドゥの手のひらにその欠片をのせ、杖を出すと呪文を唱えた。

欠片は宙に浮き徐々にその姿を変えていく。

石の形から金の砂粒の様になり、それはキラキラと小さな輝きを放ちながら空へと昇って行く。

そしてついには月と同化するように、空に消えて行った。

「さよなら…。」

無くなった欠片の後を目で追いながら、空になった彼の手は無意識に僕の手を握っていた。

「さ、そろそろ休もうか。ずーっと夜だけど、帰りは暗闇の中の砂漠を越えて行かなきゃいけないから。」

「はい。」

「あ、そうだ。ベドゥの星この小瓶に入れて持っていくといい。大切にね?」

老人が欠片を入れていた小瓶をベドゥに渡すと、その中に自分の星を入れ持っていた皮ひもで持ち手を作ると鞄の中にしまった。

 

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