●掟の縛り


ヴィルカスがまだ山岳に居た頃、マリオさんと『跡継ぎ』について語り合った一幕。

登場人物:ヴィルカス。マリオさん(@ena_alba03)


朝起きると階下から親父と兄貴の揉める声がうっすらと聞こえてきた。

 

「はぁ…またやってるのか…。」

 

大きなため息をつき、服を着替えると階下へと降りていく。

 

「おはよ…。」

「あら、ヴィルカス。おはよう。ご飯食べる?」

「いや、いい…食べる雰囲気じゃないだろ?」

 

そう言って肩を竦めると、

 

「パンとチーズだけ貰っていくよ。」

 

と手直にあったそれを鞄に入れると家を出た。

 

「ふぅ…外は静かでいいや。」

 

そう一つため息をつくと、タナンの高炉へと向かう。

高炉へ着くと、もう既に仕事をしている人の姿が見える。

 

「あ、マリオさん。おはようございます。」

「ん?あぁ、ヴィルか。おはよう。」

「マリオさん、早いっすね。あ、窯の方少し使っても良いですか?」

「あぁ、構わねぇよ。何だ…また親っさんと兄貴、喧嘩してんのか?」

 

と言いながら、炉から取り出した鉄の塊を打ち付けている。

 

「えぇ…。おかげで朝飯、食えなくて。」

 

と苦笑しながらパンにチーズをのせ窯で少しあぶり頬張る。

 

「マリオさんも食べます?」

「いや、今ちょっと手ぇ離せねぇからいいわ。」

 

というと忙しく手を動かしている。

その横で製錬の様子を見ながら、前々から訊いてみたかったことを口にする。

 

「マリオさん、マリオさんは家を継ぐ事に不満はないの?」

「何だ?藪から棒に。」

ジュッ…と水に鉄剣を付けると、手を止めて俺の方を見る。

 

「ん~…山岳に生まれたら、長子が家を継ぐ決まりだろ?そんな事小さい時からずっと言われて育つし、当たり前の事なのに、兄貴は親父にずっと抵抗してる。俺は長子じゃないし、いずれは家を出る身だからさ、兄貴の気持ちが分かんなくて…。」

「ん~…。まぁ一番上に生まれると、ずっと”跡継ぎ”として育てられるから、ある意味人生縛られちまうだろ?それに反発したくなる気持ちは、俺も分からなくはないかなぁ~。」

「でも、それは仕方のない事だし、古くからの決まりなんだから…。」

「じゃぁよぉ。お前はどうなんだ?好きなヤツ居ても、山岳同士じゃ一緒になれねぇだろ?それも決まりだ。」

「…。」

「ヴィルは、その縛りから逃げたいとは思わないか?」

「それは…。」

 

と思わずぼんやりとした人の影が頭を過り言葉が途切れる。

 

「まぁ、そう言うこった。俺は武器鍛えんのが得意だからな。天職とまではいかねぇが、性にあってるから気にしたこたぁねぇが、そんな縛りから逃れたいって思う奴も少なからずいるのは、間違いねぇんじゃねぇか?理由は分かんねぇが兄貴はそんな縛りが嫌だってだけだろ?」

「そっか…。」

「でもまぁなぁ?お前の親っさんも、しつけぇよな!」

 

というとニカッと笑う。

 

「別に俺みたいに一人しか子供がいねぇ訳じゃねぇんだし、兄貴が拒否したらお前に譲りゃぁすむ話なのになぁ?」

「…うん。それは、俺もそう思う。俺なら工芸好きだしさ、任せて貰えるんならいくらでも頑張るんだけどな。」

「まぁでも…その内親っさんも兄貴の事諦めんだろ?それまで待ってやんな。」

 

というとその大きな逞しい手でワシワシと頭を撫でる。

 

「諦めるかなぁ~?」

 

とクシャッとし笑いながら言うと。

 

「まぁ…?わかんねぇけどなっ!」

 

といいニシシとマリオさんも笑った。

まだ、山岳に憧れを持っていた頃のお話。

 

fin.