”おいでおいで子供たち…。夜に魅入られしいとし子よ…。おいでおいで子供たち…月のない夜に導かれ、静かな森へ抱かれよ…。”

遠くぼんやりと何処からかそんな歌が聞こえた気がした。
気が付くとボクは一人森の中、木の洞の中で寝ていた。
「ボク…。ボクは…誰??」
寝起きのぼんやりとした頭で記憶をたどる。
「ボクの…名前は…えっと…キ、キエロ…。うん。ボクは、キエロ。それから…。」
必死で思い出そうとしても、自分が何者なのか少しも思い出すことが出来なかった。
自分が自分たる何かという事が分からないという恐怖に、ボクは震える体を抱きしめるだけだった。
どれくらいそうしていただろうか。
長い時間そうしていれば、お腹がすくだろうに、ちっともお腹がすくことがなかった。
忘れてしまった何かを思い出すことを、やっとの事で諦めてとにかく外へ出てみようと立ち上がろうとした瞬間、
「イタっ…!」
何かに髪が引っ張られるような感覚に、ボクは初めて自分の身の変化に気づいた。
淡い金色の髪が引きずるほど長く伸び、足元に豊に広がっている。
そうしてそれまで一つも記憶を思い出すことが出来なかった脳裏に一つおとぎ話が浮かんだ。
『月のない夜に、夜に魅入られた小さな子は、森に呼ばれ囲われる。それまでの記憶も全部なくして、光る長い髪をひきずって、永遠に森を彷徨うんだって。』
目を閉じてそのお話をしてくれたのは誰だったのか…顔を思い出そうとしてもかすんで見えなかったけれど、ボクはそうか…と納得した。

ボクは森に呼ばれたんだ。

長い髪を掴んでじっと眺めるとポタポタと涙がこぼれた。
「ボク…一人ぼっちなんだね。これからずっと…。」

ひとしきり泣いて、それから外に出るとその木の前は少し開けていて、綺麗な花が沢山咲いていた。
「…綺麗。」
誘われるようにその花の咲いているところへ歩いていくと、ペタリと座り込んで花を眺めた。
近寄れば素朴で甘い香りがふわりと広がり、悲しかった気持ちが少しだけ癒された。
「君たちは…ボクの側にいてくれる?」
誰かが返事をしてくれるわけでもなかったけれど、ボクは一人そう呟いた。
と、森を抜けるそよ風に花達はそよそよと頭を揺らし、まるでボクのその独り言に頷いてくれたように思えた。